アルカロイドの実験
アルカロイド(alkaloid (英))とは、元々”アルカリのようなもの”と言う意味で、かなりあいまいな定義である。 通常は、「植物成分中の 構造環内に窒素を持つ 塩基性有機化合物の総称」の意味で(酸性、中性の例外もある。 ドーパミン、セロトニン等のアミンや、アミノ酸、たんぱく質、ヌクレオチド、核酸、抗生物質などは除かれる)、有毒なものや、ごく少量でも動物生体の神経系に影響をもたらす(=薬理作用を持つ)ものが多いのが特徴である。 歴史と共に、ある程度のアルカロイドが
構造決定、合成まで行われているが、阿片や漢方薬のように、未だ 天然のまま用いられているものも多い。
注) これらは 純粋に化学的興味による実験であり、飲用・服用、また悪用等しないで下さい。 これらの実験は
ご自身の責任において行なってください。
1. 紅茶カフェインの抽出:
茶葉やコーヒー豆などに カフェイン(C8H10N4O2、M=194.2、ρ1.23、mp.235−238℃)が含まれているので、熱水や有機溶媒によって抽出することができる。
(その他 テオフィリン、カカオ豆にはテオブロミン) ”玉露”の粉末が最もカフェインの含有量が多いが高価であり、また
コーヒーは脱脂が必要なので、一般的な紅茶のティーバッグ(一次ろ過不要)から抽出することにする。
カフェイン、テオフィリン、テオブロミンは、プリン環を骨格とした、キサンチン誘導体のアルカロイド(プリンアルカロイド)となる。 カフェインは、中枢神経を興奮させる覚醒作用と同時に、解熱・鎮痛、強心、利尿作用などがあるが、摂り過ぎると中毒を起こす。(エナジードリンクによる中毒死もある。)
カフェインの含量: 各浸出液 100mlにつき、 コーヒー 60mg、(インスタント・コーヒー 80mg/2g(スプーン1杯))、 紅茶 30mg、 煎茶・ウーロン茶 20mg、 玉露 160mg
紅茶のティーバッグ 1箱 22包 (2g×22=44g) を鍋に入れ、約800mlの水で、約15分
煮出す。 煮出した液に 細粒シリカゲル、酸化マグネシウム(軽質)を大さじ1杯ずつ入れ(エマルジョンにならないよう液をまとめる作用・タンニン等を吸着)、炭酸カリウム3gを加え(アルカリ性にしてカフェインを遊離させる)、よく撹拌する。 ろ過しないで(MgOのため詰まってろ過できない)、上澄みを分液漏斗に入れ、ジクロロメタン50mlを入れて軽く振る。これをもう一度繰り返す。 (* コーヒーでする場合は、明礬、あるいは酢酸鉛を加えて、タンニンやたんぱく質を沈殿させる。)
下層の液を取って、無水硫酸ナトリウムで乾燥し、ろ過する。 ろ液をフラスコに入れて、湯煎してジクロロメタン(bp.39.6℃)を除去すると、フラスコに白く
粗製のカフェインが残る。
フラスコに最小限のエタノールを入れて温めて溶かし、ビーカーにあけてゆっくり冷却すると、綿のような非常に軽い繊維状のカフェインの結晶が析出する。
吸引ろ過、乾燥で、収量:約0.2g (浸出液からの収率: 約30%)。 抽出時に
NaClで飽和させると もっと収率は上がるかもしれない。
2. ピペリンの抽出:
ピペリン(C17H19NO3、M=285.3、mp.130℃分解、水に難溶、エタノール6.7%、クロロホルム59%溶)は、ピペリジン環に1個だけ
Nを持つ ピペリジン・アルカロイド(芳香族アルカロイドの一つ)に分類される。 コショウの乾燥果実に 最大約7%含まれ、ヒハツなどにも含まれている。 ピペリンは感覚神経の温度受容体(カプサイシンと同じ TRPV1受容体)に作用して、辛みと温熱感を感じる。 ピペリン自身は水に難溶性なので、直接舐めても辛くはないが、エタノールや油などの”溶剤”があると 突然辛さを発現する。 コショウ中の含有量が比較的多いので、市販のコショウ紛から抽出することにした。
市販のコショウ紛(細粉) 約90g を 一度 n‐ヘキサン 200mlで洗い、油脂を大まかに除く。 次に、フラスコに入れて エタノール 約250mlを加えて、フラスコを温め 30分ほどよく振って抽出する。(* 本当はソクスレー抽出器によるパーコレーション抽出が良い)
これをペーパータオルでろ過して、ろ液を蒸留して 約50ml程度に濃縮する。
熱いうちに約300mlの水に投入して 細粉化して、ろ過して固形物を取る。
(ろ紙が詰まる場合は、上澄みを捨てて、底に沈んだものを取る。)
それでも油脂がかなり含まれ 粘っこい半液状になっているので、少量のエタノールに溶かし
水酸化カリウム 2−3gを溶かして、加熱・撹拌して鹸化し、水溶性にして除く。 ろ紙上に数日置くと、液体はろ紙にしみこみ、ピペリンは結晶化して粉末に近くなる。
黒コショウ製のピペリンも、健康食の添加材として市販されている。(by.アリエク、一応、パラパラの粉末) アンモニア水を加えるとエタノールに溶けるようになるので、おそらく酸性塩の形で出されている。
3. カプサイシン:
トウガラシの辛み成分である カプサイシン(C18H27NO3、M=305.4、mp.62℃、bp.210℃(分))は、カプサイシノイド、あるいはバニリル基をもつのでバニロイド類で、核外の窒素1個のみで、例外的にアルカロイドに含まれる。 脂溶性の固体で、乾燥トウガラシに 0.1%(鷹の爪1gに 1mg)含まれる。
カプサイシンは、温度受容体のTRPV1 受容体に作用して、激しい灼熱感をもたらす。(メントールの冷涼感とは逆) 同時に、痛覚神経も刺激して、辛み、あるいは 痛みを感じさせる。(実際に温度が上がっているのではない。) また、脳内の内蔵神経に働いて、副腎のアドレナリン分泌を促進して 発汗、強心作用をもたらす。 そのため、動物、昆虫、人などに対する忌避剤、クマよけスプレー、催涙スプレー 等に用いられている。警察にも常備。 (cf. カラスやハトなどの鳥類は、この受容体を持たないので、効かない)
半 客観的な”辛さ”の指標として、スコヴィル値(*)がある。 * 砂糖水に入れて5人の被検者がその辛さを感じなくなるまで薄めた希釈倍率 (ピーマン、ししとう
0、 鷹の爪 4−5万、 ハバネロ 30万、 キャロライナリーパー 200万、 純カプサイシン
1600万(max))
乾燥トウガラシにおける含量は0.1%しかないので、純アルカロイドの抽出はやめて、エタノールによるチンキのみ 作った。 カプサイシン・チンキや クリームは、逆に、外用薬として 消炎・鎮痛に用いられる。(最初は痛いが、後に 鎮痛作用をもたらす。) ブータンでは、乳離れした子供が、”野菜”として、普通にトウガラシを食べている。
日本薬局方により、鷹の爪の粉末(=一味唐辛子) 10gを、エタノール と30分振って、ろ過して、総量100mlにする。濃縮はしない。 (総カプサイシン(カプサイシン(C18H27NO3) + ジヒドロカプサイシン(C18H29NO3、総カプサイシンの22%)) 0.1%以上含む。)
また、合成カプサイシン(取扱要注意!)がアリエクで売られていたので(10g1000円)、取り寄せ、ただ 小ビンに詰めるだけを行なったが、流しに持って行って、ゴム手、マスク、ゴーグルの”重装備”にもかかわらず、くしゃみと鼻水が止まらなかった。
10gなので、乾燥トウガラシ 約10kgに相当する。 何に使うかは、今後の課題とします。(?)
・・・・ ここまでくると、兵器だ、兵器! ・・・
* 分析は、ジエチルエーテル:メタノール=19:1展開液で 薄層クロマトにかけ、2、6ジブロモ‐Nクロロ‐1、4ベンゾキノンモノイミン液を噴霧し アンモニア蒸気にさらすと、青色のスポットが現れ、Rf値と 色調が等しいことから 同定する。(漢方薬の分析法) イミノ基(−C−NH−C−、または、NH=C−)があるので、アミノ酸のプロリンと同様に
ニンヒドリンで黄色を呈する。(薄めたので薄い黄色)
4. ホミカ・アルカロイド:
ホミカ(Vomica)の果実の種子(平べったい大きな硬い種)、馬銭子(まちんし)は、苦味健胃(くみけんい)薬や強壮剤として昔から漢方で用いられ、猛毒アルカロイドのブルシン(C23H26N2O4 = 394.47)と ストリキニーネ(C21H22N2O2 = 334.42)を含む。 これらは、インドール環の派生したもので、インドールアルカロイドの一種。
服用は漢方医や 薬剤師の監修の下で処方すべきで、素人が自分でするのは危険である。 ストリキニーネ(毒物)は、害獣駆除の毒薬として長い間用いられてきた。
ブルシンは、水質検査の硝酸イオンの定量に現在も用いられている。ブルシン(劇物)の毒性はストリキニーネの1/20〜1/6といわれる。 (漢方薬の分析法)
マチン子紛(生薬) 30gを、n‐ヘキサン50mlで脱脂し、エタノール25ml+酢酸0.3ml+水8ml
で 加温しながら30分振り 一回目の抽出。 次に、70%エタノール50mlで
二回目の抽出を行ない、抽出液を合わせて溶媒を加熱除去して、濃縮エキス(液状)を作った。(粉末エキスにはならなかった。粉末エキスにはストリキニーネが7%含まれているという。) 少しなめると非常に苦い。
5. ベンゾカイン:
ベンゾカイン(=p‐アミノ安息香酸エチル)は アミノ基を持つエステルであり、全くアルカロイドではない。モルヒネ、コカインなどの麻薬系の鎮痛剤は、素人には使用はもちろん、製造も、所持も禁止されている。そこで、法に触れない「麻痺剤」程度の軽いものをここで作ってみた。 名前は”〜カイン”になっているが、天然のコカインとは構造が異なる(トロポロン環(7員環)をもつ
トロパンアルカロイド)。 どちらかというと、リドカイン(=キシロカイン)などのアミド型の局所麻酔剤に構造が近い。
ベンゾカインは、粘膜などのごく表面の神経を麻痺させるが、内部の神経伝達には影響しない。
そのため、歯科医が注射をする前に塗る麻痺用のジェル、かゆみ止め、胃腸薬、乗り物酔いの薬、動物用の鎮静・麻酔剤等に用いられている。
p‐アミノ安息香酸(4‐アミノ安息香酸、薬剤名: PABA、アミノ酸の一種)を用いて、エタノールとのエステル、p‐アミノ安息香酸エチル(=ベンゾカイン)を作る。
(* p‐アミノ安息香酸をトルエンから作るとすると、 トルエン → p‐ニトロトルエン → p‐ニトロ安息香酸 → p‐アミノ安息香酸 となり、なかなか大変である。
工業的には、PABAは、酵母抽出物から作られている。)
PABA(市販の日焼け止め剤、500mg100個入り)のカプセル 50個をばらして
p‐アミノ安息香酸を含む粉末を取る。 これを温エタノール200mlに溶かし、ろ過して不溶解成分を除く。
これに n‐ヘキサン 100mlを加えると、溶液に 添加物のステアリン酸等を残して、p‐アミノ安息香酸 が沈殿するので、これをろ過して集める。
次に、これをフラスコに入れ エタノール50ml、濃硫酸7mlを加え、30分還流する。(エステル化が進むと透明になる) 300mlのビーカーに入れた 炭酸ナトリウム水溶液に少しずつ投入して中和すると、ベンゾカインが遊離して、沈殿する。
ろ過物を 少量の温エタノールに溶かし、冷却して再結晶する。 (冷エタノールに5%、熱エタノールに易溶、冷水0.47g/100ml(20℃))
作った物をなめてみると、確かに舌の表面の感覚が麻痺する。
§ アルカロイドの応用:
調味料や香辛料、漢方薬、民間医療など、私たちの日常生活で いろいろな種類のアルカロイドが用いられています。
嗜好品の中にはアレコリン(ビンロウの実・種子)、ニコチン(タバコ葉)などの有毒・有害なものもあります。
また、テトロドトキシン(ふぐ毒)、アコニチン(トリカブトの毒)、ソラニン(ジャガイモの芽)など、猛毒なものが数多くあります。(カンナビス(大麻)やジギタリス毒(ジギタリス、キョウチクトウの配糖体)、キノコ毒などはアルカロイドに分類されない)
医療においても、がんの除痛などの目的で、現在も 古くからのモルヒネが使用されています。痛みがある場合は
依存性が現われることなく、安全に用いられます。 また、新たな、強力な鎮痛・鎮静剤が開発され、幅広く用いられています。
2017年 7/18 長年 終末期医療に携わって来られた、聖路加病院名誉院長だった日野原重明さん(クリスチャン)は、105歳で召されました。 彼は、延命せず苦痛を取り除く、いわゆる「尊厳死」を選択しましたが、見分けにより、天国固定になったことを確認しました。 人が死ぬとき、むやみに苦しむことは 主のみこころでないことをが確認されました。
5. ペインクリニックの実際: 報酬系と痛みの脳科学